2006年10月04日

『死んでも治らない』若竹七海/光文社文庫

死んでも治らない(あ)かるいミステリかと思いきや、何気にブラック。若竹七海は何気にブラック、というの多いですね。中身・題材が重くないものなので軽いと思いきや…精神的に重い、という。

これは、中身というより、犯罪者が軽いというか、おバカ。元警察官の大道寺圭が、おバカな犯罪者をネタに本を書いたら、さらにそういった手合いが寄ってきて…と、こう書くとまさに「軽い」ミステリ。
なんだけど。
そこは若竹七海、やっぱり重いのです。
軽く見せていても、人には何かしら重みを背負っているのです…人知れず。
2006年2月13日
posted by ねむ at 09:58| Comment(0) | TrackBack(0) |  若竹七海

2005年02月22日

『スクランブル』若竹七海/集英社文庫

スクランブル再読。初読の時は特にいいと思わなかったけど、今読んでみると秀逸だと思った。

これは、ミステリではあるけれど、どちらかというと青春小説ですね。犯人や謎がどうの…というのがメインではないよね。
自分たちの世界以外にも世界はあるのを知っているくせに、それを馬鹿にして、自分たちの世界で完結させようとしてしまう彼女たち。そういう年頃なんですよねえ。良くも悪くも微妙な、ボーダーライン上にある。
それを抜けて──15年経って、やっと真実がわかるというのは当然のことなのかもしれない。私も、今になってわかったことがたくさんあるもの──思い出したくもないが。(笑)
唯一本当の犯人がわかっていた人間というのが、初読のときは意外だったのだけど、彼女が「持ち上がり組」でああいう性格で立場だったというのも当然といえば当然なんだろうな。
↑ちょっと(イヤかなり)ネタバレ↓
ラビは、飛鳥に向かって犯人の名を口にはしないという。
「あたしに断罪の資格なんか、ないからさ。〜中略〜そいつはずっと背負っていくんだ。誰にも告げられない罪を。〜中略〜犯人を楽にしてやらなくちゃなんない義理なんか、あたしにはないね」
そのとき宇佐は飛鳥が犯人だと思っていたからそういったのだと思うのだけど。もし、もし宇佐がそのとき犯人=飛鳥だと思っていなかったら、彼女はどう言っただろう?犯人をマナミや夏見、サワだと思っていたら同じ答えになったかもしれないと思うけど、他の世界の人──クラスの持ち上がり組の人が犯人だと思っていたら?教師だと思っていたら?
彼女の口からは違う言葉が出てきたのではないか…と思う。

あとさ、どうでもいいんだけど、最近の結婚式って仲人立てないことが多いから、大抵の人はダマされる気がする…;; 私、仲人がいる結婚しきって出たことないもん。だから、仲人がどこに位置するのか知らない……。ええ、もちろんダマされたさ!それに、金屏風に座っているのが誰なのか、最後の方までわかんないんだもんなー。もちろんそこがミソなんだけどさ。


夏見、宇佐、飛鳥はキャラがはっきりしてるけど、マナミ、洋子、サワは微妙ですねえ。夏見とマナミは表面的に非常に似ている気が。表面的に同じようになってしまうのはわかるんだな。なんだかんだいって微妙に似通うんだよね、特にツルんでる子同士は。だから、その分バックグラウンドを出さないとキャラ分けがはっきりしなくなってしまうのだと思う。マナミも洋子も、自宅での描写がでてきて初めて違いがわかってきたもの。これは、作者がとかいう問題ではなく、事実として、ね。逆にいえば、そういう部分までよく書けてるともいえるのかも。
ただ、この話でこの長さ(一編が)だと、バックグラウンドを多く書くと蛇足的でだれるので仕方ないところか。

私も女子高だったんですよねえ。ただ、県立だったし中学や大学は併設されていなかったので、「持ち上がり組」「アウター」みたいな枠はなかったけど。
そのせいもあって、非常に共感を覚える…というより、痛い、痛いよ!まさに今自分が30歳で、結婚式場にいる彼女たちとほぼ同じ年齢で、同じ年のころを振り返って読んでいるので…あまりにも自分にハマり過ぎてて痛すぎる。思い当たることばっかりで、今振り返ると、なんて何もわかってなかったんだろうと顔から火が出ますわ(苦笑)
彼女たちみたいに、過去を振り返って、外側から物事を見ることはできるようになったよ。でも、まだ冷静に懐かしく思い出すことはできない──良いことも悪いことも。だから、同窓会には出られないし、出たくない。
いつか良いことも悪いことも懐かしく笑えるようになったら、同窓会に出られるかなあ。それはいつのことだろう…。
最後、夏見と宇佐だったかな?卵の話をするでしょう。あれがとても沁みました。まだキツいね。

ところで、『ぼくのミステリな日常』で箱根に旅行した女子高生の話が出てくるんだけど…もしかしてこの子達?『ぼくの〜』が手元にないから確認できないんだけど…。文庫出てたら『ぼくの〜』も買おうかなあ。
2005年2月3日
posted by ねむ at 13:16| Comment(2) | TrackBack(1) |  若竹七海

2005年01月08日

『ぼくのミステリな日常』若竹七海/東京創元社

ぼくのミステリな日常若竹七海の初めての作品は、『八月の降霊会』だったかな。あんまり推理色が強い話ではなかったので、特にいいなあと思っていたわけではないのですよ。その後も何冊か読んだけど、特にいいとは思わなかったんだよね。あるなら読もうくらいの感覚。
だから、あちこちの解説や帯に「期待の新鋭」って書いてあったのがあまり理解できなかったのですよ(失礼な。)「期待の新鋭」っつーのは、デビュー作家への枕詞かいな、みたいな(ことごとく失礼。)
でも、でもね!これ読んで気が変わったよ!!
確かに「期待の新鋭」ですわよ、これは。ぜひお読みください、ええ。
といっても、ものすごい推理色が強いというわけではなく。日常の謎系で連作状になっているんだけど、ひとつひとつの完成度が高いです。また、この連作は作中作になっているんだけど、これがまた──まあ、あとは読んでのお楽しみということで。
ざくろの話が一番だまされたなあ。たしかにそうだよね…。

難を言えば、↓以下ネタバレ
編集長・若竹七海の会社は経営陣を身内で固めているという推理の根拠になるものが、『ルネッサンス』の目次にあるお偉いさんの名前なんだけど、それほど同じ名前の人が多いというわけでもなかった。2、3人ですよ。それだけいれば十分なのか?でも、ちょっと弱い気がしたな。根拠として提示するならもうちょっと多い方がいいのでは。
2004年11月7日
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2004年08月26日

『ヴィラ・マグノリアの殺人』若竹七海/光文社カッパ・ノベルス

ヴィラ・マグノリアの殺人
『古書店アゼリアの死体』の前に書かれた作品。
つーても、葉崎市という架空の市で起きた事件という以外に接点は特にナシ。
コージー・ミステリーだけに軽く、後味は良い。

けど。

『古書店〜』の時も思ったのだけど、全体的に散漫な印象なんだよね。たぶん、これといった主人公がいない・これといった記述者がいない・途中で人が消えるなどが原因かと。
途中で人が消えるというのは、よくあることなのだけど、どうもこのシリーズではいただけない消え方というか…重要そうな鍵を握るのかとか、この人の関わったことが重要でのちのちこの人が関わってくるのかと思いきやその人はそこで物語と切り離されてサヨナラ、っていう。書き方の問題かなあ。(思ったのは、十勝川ばーさんと岩崎)

オチは良かったと思います。『古書店〜』もわりと似た雰囲気の終わり方ですね。
ある意味怖い。
2004年8月25日
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2004年03月14日

『古書店アゼリアの死体』若竹七海/光文社文庫

古書店アゼリアの死体
若竹七海って、あっさりなイメージがあったのね。たぶん、本人がどこかで言ってたらしいけど、「枝葉を削っていくのが好き」だからなんでしょうね。 こういうあっさり感は、まともにホラーとかゴシックっぽい推理小説でやっちゃうと物足りないカンジがするんだけど(俺的に初期の今邑彩氏。現在の氏と、完全ホラー系の話については知らないが)、こういうタイプの話にはピタっとハマるんですねえ。

コージー・ミステリっていうの、初めて知ったよ。わりと好きかも、っていうか、最近の自分の傾向がそっちに向いてるなあ(さいきん濃いの読めないのよ…二階堂と京極をどうしてくれよう)。だからよけい良かったのかも。 個人的には、これだけロマンス小説のタネをちりばめてあるなら、もっと真琴を主人公っぽくして、五木原ときっちりロマンスするまでおとしてほしかったな、と。最後ちょっとだけ出るけど、それだけじゃ物足りないわーっ(笑) 主人公が真琴だと思って読み始めたら、結局主人公ってどう考えても真琴じゃないし、視点も真琴だけじゃなくてころころ変わっちゃって、それがいけないわけではないんだけどさ、一本通った軸がないような気がしちゃうのだね。 話自体は非常に面白かった。よくここまで細かいことをつなぎ合わせてこういう事件になるものだと感心したり。 しかし実際、事件っていうのは、原因は一つじゃなくて、こういうふうにいろんな要因がたまたま一点に集中した時に起こるんだろうなあ。
2004年3月14日
posted by ねむ at 15:43| Comment(0) | TrackBack(1) |  若竹七海